【世界一周】2 UK リバプール ビートルズ編


あらすじ
アイルランドの首都ダブリンで2泊したあと、飛行機でリバプールへ移動しました。
リバプールには8月30日から9月1日まで2泊3日の滞在です。

さて、観光でビートルズとサッカー以外にリバプールに何か目的がある奴、マジでいない説を唱えたい。
ここはそういう街だ。

私は以前からビートルズが大好きで、過去に2002年にもこの街を訪問したことがある。

1996年にビートルズアンソロジー2をたまたま中古で購入し、
街の図書館でビートルズの赤盤青盤を借りて来て、テープにダビングし
その素晴らしさに酔いしれたものだ。

リバプールにはサッカークラブが2つある。それがエバートンFCリバプールFCだ。
チームカラーはエバートンが青、リバプールが赤。
ビートルズの2つのベストアルバムが赤と青なのは
当然この2つのクラブから来ているはずだ。なかなかセンスがある。

ビートルズの4人はポールがエバートンのファンで、
他の3人はリバプールのファンのようだが、サッカーにまつわるエピソードはあまり聞かない。

2002年のリバプールの思い出はぬるいビールと若干荒廃した街並みだった。

しかし、2017年のリバプールは再開発ですっかり生まれ変わっていた。

8月31日早朝、空港のソファーで寝ていたダブリンからリバプールまで飛行機で到着。
いちファンとしては、ジョンレノン空港には前から行って見たいと思っていた。
ロンドンから電車で3時間弱なので、イングランド国内から移動する場合は
リバプールに飛行機で来る必要はあまりない。

迎えてくれるジョンの像。

空港の外にはイエローサブマリン

港近くにある観光地アルバートドック
日本でいう横浜の赤レンガ倉庫のようなイメージでOK。
その近くにあるビートルズ・ストーリー。ここでもビートルズの展示がいくつかあるが、
やはり地元のキャバーンクラブで演奏をしていた時期の展示が充実している。
2002年にも訪れたことがあったが、当時よりも音声ガイダンス機能が充実していた。
オフィシャルサイト

ビートルズが演奏していたキャバーンクラブ。一度閉鎖になって建て替えられた。
今では世界中からファンが押し寄せる観光地。

近くには同様の音楽の生演奏を聞かせるPubがたくさんあり、
イギリスのPub文化に触れることができる。
演奏される楽曲はビートルズに限らず、私が訪問した時はレディオヘッドクリープを演奏していた。

夜のアルバートドック。夜でも人通りが多く、治安の不安は少ないと感じた。

翌日はリバプールの市内を走るバスツアー、マジカルミステリーツアーに参加、、、はしなかった。
お金の都合もあるが、私は以前このツアーに参加したことがあったため、
今回は自分が行きたい場所を絞ったのだ。

昔は右も左も分からない海外では、ツアーに参加するのが一番簡単だった、
でも今はgoogle mapとwifiで調べて自分でどうにでもできる。便利な時代だ。

行きたかったところはこちら
ペニーレイン
ポールの楽曲でおなじみの地域。ペニーレインのプレートはファン(ファンと呼ぶのもおこがましいが)
が何度も持ち去ってしまうため、最終的にはペンキになった。
penny lane
ここでマジカルミステリーツアーのバスとバッティングしてしまったのだが、
親切にもスタッフが写真を撮ってくれた。

ジョン・レノンの実家
ジョンはミミおばさんの家に厄介になっており、
その家は現在ナショナルトラストの管理になっていて、通常は中には入れない。
このジョンの家はバスツアーだと止まらずに簡単な説明だけで通過してしまう。
(2002年の話で、現在は知らない)
オアシスのシングル、リブ・フォーエバージャケットでファンにはおなじみ。
live forever

ストローベリーフィールド
ビートルズの楽曲ストローベリーフィールズ・フォーエバーでおなじみ。ジョンが子供の頃に遊んだ孤児院。
確かに、ミミおばさんの家からここは近い距離にある。
ここもファンが訪れるが落書き等の迷惑行為は如何なものかと思う( ^ω^)
老朽化により現在は閉鎖されている。
その日の気分もあるが、私がビートルズの中で一番好きな楽曲である。
初めて訪問した2002年はそれこそ興奮した。しかし2回目はそれほどでもない。
こういった経験から、個人的には「1箇所1回」論を唱えている。
strawberry fields

ビートルズのゆかりの地ではないが、
ハードデイズナイトホテルというビートルズをモチーフにしたリバプールの高級ホテルがある。
お金に余裕があればどうぞ。

リバプール発のバンドといえば、もう一つ私が好きなラーズというバンドがある。
90年代の終わりから、90年代始めにゼア・シー・ゴーズという素晴らしい楽曲と、1枚のアルバムを残し、
しっかりとした活動をしないまま消えてしまったバンドだ。

彼らの楽曲も、本当の意味でタイムレスメロディーになったのだ。

2005年に再結成して来日もしたのだが、もしかしたら今でもこの街の何処かで
彼らが生活していたのかもしれない。

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