【世界一周】2 UK マンチェスター オアシス編


あらすじ
マンチェスターには9月1日から4日まで。
Airbnbで滞在しました。

お世話になったホストファミリーのディザークさんがいい人で
「家にある食材なんでも使っていいよ!」
っていうからイングリッシュブレックファーストをプレートで作って毎日食べてました。

さて、マンチェスターもリバプール同様、
特別な目的がなければ観光には訪れない街だと思う。
地球の歩き方にもマンチェスターの紹介は数ページ程度で、
それも湖水地方への玄関口、という書き出しだ。

マンチェスターには何もない。
だから、いい音楽と、いいサッカークラブと、いいドラッグのディーラーがいるんだ。
といったような話を(確か)オアシスノエル・ギャラガーが言ってた。

でも、だからこそ私はマンチェスターに来るのだ。
3回イギリスを訪れて、3回とも来た。
ドラッグの魅力について紹介するわけにはいかないので、サッカーと音楽と、
私の人生を変えたバンド、オアシスについて写真を交えて簡単に紹介したい。

ハシエンダ(跡地)-hacienda-

1980年代終わり、マンチェスターがマッドチェスターと言われ、
音楽シーンが盛り上がっていた時の中心的存在だったクラブ、ハシエンダ。
現在は再開発でマンションに。

 

シフターズレコード-sifters record-

マンチェスター郊外バーネイジという街は、オアシスのギャラガー兄弟が育った街で、
今でも兄弟のお母さんのペギーさんが住んでいる住宅がある。
 そのバーネイジ駅の近くにある中古CD屋シフターズレコードはオアシスファンには有名なお店。
セカンドシングル、シェイカーメイカー歌詞の中に出て来る
「ミスターシフター」という人間はここのシフターズレコードのマスターのおじさんの
ことだからだ。

ノエル・ギャラガーはシェイカーメイカーの歌詞で
「ミスターシフターは歌を売ってくれた。俺が16歳の時に」
と書いている。youtubeもmp3もない時代だ。当時のノエルに大きな影響を与えたのだろう。

おじさんに
「あなたがオアシスのシェイカーメイカーで有名なミスターシフターですか?」
と聞いたら、ちょっと恥ずかしそうに
「そうだよ」
と答えてくれた。

今回は訪問にあたり失礼がないように、日本人的だが手土産を持参した。
紅茶については詳しくないが、高級デパートハロッズの紅茶ならまあ大丈夫だろう。
また、マンチェスターの伝説的バンド、ストーンローゼズ日本限定ライブCDも持参した。
本当はディスクユニオンに売ろうとしたら買い取ってくれなかったからだが
 もっと英語ができればギャラガー兄弟の楽しい話も聞けただろうに残念だ。

 

マンチェスター大学近くの橋

マンチェスター出身バンド、ジョイ・ディビジョンベストアルバムのジャケットで有名な橋。
この雪が降る中佇む写真は以前より有名で、このロケ地は訪れたいと思っていた。
ジョイ・ディビジョンはボーカルのイアン・カーティスが自殺し、
残されたメンバーがニューオーダーというバンドを結成し、一応現在も存続している。
Love Will Tear Us Apart

 

マンチェスター・アリーナ
昨年爆発物事件があった場所。
事件後オールドトラッフォードクリケットセンターで行われたチャリティーライブにはリアムが、
マンチェスターアリーナの再オープンのチャリティーライブにはノエルがそれぞれ出演。

マンチェスターの音楽名所を簡単に回る方法として
元インスパイラルカーペッツの人がやっているツアーがあったのだが、
ガイドのギルさんが亡くなってしまって、そのあとはどうなったのかはわからない。。

外部リンク:ツアーレポート

 

ここからは、マンチェスターではないが、オアシスでおなじみの観光地をいくつか。

オアシス、モーニング・グローリー-morning glory-のジャケット
ロンドンのSOHOエリアにあるバーウィックストリート-birwick street-。


近くにはノエルストリートと呼ばれる通りもある。

オアシス、サム・マイト・セイ-some might say-のジャケット。
レスターから電車でクロムフォード-cromford-という駅に。

当時リアムが立っていた橋。

このジャケットのコンセプトは「駅で到着することのない列車を待っている人たち」(引用)ということだが、
私はついうっかりクロムフォード駅の一つ手前の駅で降りてしまって
次の電車を2時間待つハメになってしまった。
ジャケットのコンセプトを十二分に堪能した気分。

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